大倉邦彦と巡る大倉山記念館

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横浜市大倉山記念館、横浜市港北区の中心に威風堂々とそびえ立つこの建物は、昭和7年(1932年)、実業家の大倉邦彦によって大倉精神文化研究所の本館として建てられたものです。建物は、昭和59年(1984年)に横浜市の市民利用施設となり、現在では市民の文化活動の場として広く利用されています。  建物の東側で現在も活動を続ける大倉精神文化研究所の附属図書館書庫には、大正時代末の研究所設立準備段階からのさまざまな資料が保管されています。  建物の建設から70年が経った頃、書庫から1本のテープが発見されました。そこから聞こえてきたのは、昭和38年(1963年)頃、大倉邦彦が自ら建物を案内する声でした。   ・・・あの一番こっちの端の鷲がここを見てますが、それからこっちの方をご覧になると、ほら、こっちからも見ています。こちらも二番目の獅子が見ています。どこへ行ってもどれか見ています。これは神様は人間の心の内をみんな見ているわけです。誰も見ていないと思っていますけれども、神様はちゃんと見通しているという気持ちをここに出したわけです。・・・ (大倉山記念館エントランスホール吹き抜けの獅子と鷲の彫刻について、大倉邦彦の説明より)    大倉邦彦は研究所の開所式の挨拶で「今ここに建築の輪奐成ると雖も、それは堂構の美を以て誇りとすべきものではない…形式は信念の具象である。」と述べています。邦彦が建物と大倉山の敷地全体で表現した自らの信念、それはどのようなものだったのでしょうか。   50年以上の時を経てテープからよみがえった邦彦の肉声とともに大倉山記念館を巡り、建物に込められたその想いに迫ります。(大倉精神文化研究所 研究員 林 宏美)

企画 公益財団法人 大倉精神文化研究所
協力 平井 誠二 横浜市大倉山記念館
出演 林  宏美 大倉 邦彦(声)
ナレーション 水野 奈美
構成 佐藤 将之
撮影 伊藤 幸晴 下西 和比古 杉山 浩文
編集 伊藤 幸晴 下西 和比古
制作・著作 港北ふるさとテレビ局・港北テレビ

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